(どうなんeye)道産材で「クラヴィコード」復元
update 2018/9/5 07:11
森町在住の音楽愛好家、桜田通雄さん(70)が発注し、道産木材を主要部分に使用した鍵盤楽器「クラヴィコード」が完成した。新潟県三条市の楽器製作家、高橋靖志さん(58)が手掛けた。8月27日に森町赤井川のハル小屋で関係者にお披露目され、函館在住のチェンバロ奏者森洋子さんが演奏を披露し、木に囲まれた静かな空間に響く豊かな音色に耳を澄ませた。
柔らかで素朴な響き 想像以上
クラヴィコードは14世紀ごろから存在し、弦を使った鍵盤楽器では世界最古のものと言われる。大音量を響かせることができないが、18世紀にかけて多くの作曲家たちが使用したことでも知られ、ピアノの普及とともに使用される機会が少なくなっていった楽器だという。
桜田さんは4年前、森さんが都内で開かれた日本チェンバロ協会主催のイベントに出演し、クラヴィコードを演奏したことや高橋さんの話を聞き、関心を持った。桜田さん自身も50年以上、チェロの演奏を続けており、「古い時代の音楽に興味を持っていたので、その当時の楽器が手元にあったら楽しいと考えた」と明かす。植物や木材に関する知識や経験もある桜田さんは、道産の木材を使用することを考えて、2015年に高橋さんに楽器製作を依頼した。
チェンバロ製作など楽器職人として30年以上のキャリアを持つ高橋さんは「木材から選んで作るのは初めてで面白いチャレンジだった」と話す。1775年ごろにドイツのヨハン・ハインリヒ・ジルバーマンが作ったと伝えられるクラヴィコードがモデル。木材を寝かす期間を要したため、実質の作業は昨年10月に開始した。
完成品は高さが約70センチ(脚を含む)、幅約137センチ、奥行き約60センチ、重さは約30キロ。音を響かせるための響板は桜田さんがバイオリン製作用となるアカエゾマツを入手し、高橋さんは「高音の響きがきれい」と評価する。鍵盤にはホオノキ、ケースはエゾヤマザクラなど、楽器の主要部分には道産材を使用(一部、九州産、米国産材を含む)した。5オクターブ分、122本の弦は精密機械のように整然と張られ、張力は500キロにもなるという。
高橋さんは「演奏することによって響きがだんだん豊かになり、弾き手がこんな音に育ってほしいと願うことで楽器が育っていく」と話す。関係者を前に演奏した森さんは「チェンバロでは音の強弱をニュアンスで表現するが、クラヴィコードはタッチの難しさやテクニックが求められる。チェンバロとは違う世界が見える」と笑顔を見せた。
桜田さんは「音が小さくか細い楽器と聞き、クラヴィコードで演奏した曲のCDを聞きながら想像を膨らませてきたが、か細いということはない。響きの柔らかさや純粋さ、素朴さがいい。想像以上でした」と喜んだ。今後、クラヴィコードを活用した演奏会の開催などを検討していくとしている。
寄稿「クラヴィコードとの出会い」 佐々木茂・道教育大名誉教授
クラヴィコードは16世紀から18世紀にかけて、欧州で広く使われた鍵盤楽器です。今回初めて復元された実物に触れることができました。
この楽器の同時代にはチェンバロが活躍していましたが、両者の発音機構には大きな違いがあります。チェンバロは弦をプレクトラム(爪)で弾いて音を出すのに対して、クラヴィコードは金具で弦を突き上げて発音します。構造は極めてシンプルで、打鍵によって音に強弱やビブラートをつけることができます。音も小さく軽量のため、家庭用の楽器として重宝されたのでしょう。
この楽器に最も愛着を示した作曲家は大バッハの二男・エマヌエル・バッハ(1714〜1788年)です。「音が弱いということを除いては、音の美しさではフォルテ・ピアノ(初期のピアノの総称)には劣らないし、ベーブンク(ビブラート)やポルタートをつけることもできる点でフォルテ・ピアノよりも優れている」「チェンバロ、オルガン、ピアノを演奏する前にまずクラヴィコードで練習せよ」と述べています。
エマヌエル・バッハは強弱のドラマティックな変化やクレッシェンドやデクレシェンド、さらにスタッカートやレガートなど現代につながる演奏表現の記号の創始者であり、これらはクラヴィコードから紡ぎだす繊細な演奏技術から生まれたに違いありません。このことが古典派の作曲家、とりわけベートーベンに影響を与え、ひいてはピアノという楽器の発達に大きく貢献したのではないかと思われます。
このたびの「ハル小屋」での試奏体験、そしてチェンバロ奏者・森洋子氏の醸しだすクラヴィコードの微妙なニュアンスと色彩の変化に耳を澄ましながら、そのことを確信しました。
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