戒名録を恒久平和の礎に 終戦記念日前に妙見寺の岡住職が供養

update 2011/8/11 11:09


 終戦記念日の8月15日を前に、各地で追悼式や法要が営まれ、多くの人が平和への思いを新たにしている。函館市日乃出町10の妙見寺でも、犠牲者の冥福を祈り、国内外の戦地で尊い命を落とした先人を供養している。岡真行住職(63)は「多くの犠牲の上に今日の社会が成り立っていると思う。先人の労苦を忘れず、この思いを未来に伝えていくことが我々の使命」と恒久平和を願う。

 葬儀の記録を伝える妙見寺の戒名録には、太平洋戦争が終わる2年前の1943年ごろから、フィリピンやニューギニア、バス海峡など南方戦線で没した人々の戒名が連なる。同寺によると、34(昭和9)年3月21日発生の函館大火を乗り越え、成人を迎えたころに徴兵された住民も少なくなく「大火に戦争と、人生においてこのうえない絶望を味わい、なおかつ遠く離れた地でむごい最期を遂げた者の悲しみは想像を絶する」(岡住職)。

 盆時期になると、檀家回りで過去帳に触れる機会が増す。そこでも、海外で亡くなった檀信徒の名前を多く目にする。

 先代住職で14年前に他界した父親の岡行秀さん(享年92)も、40代で中国北部へ出兵した。岡住職は、幼少から戦地でのむごい様子を時おり聞き「父親はつらい記憶を思い出したくなく、語るのも嫌だったようだが『戦争は人間の嫌な側面、目にしたくはない醜いところばかりだった』と話していた」と回想する。その重い言葉が忘れられない。

 「戦死戦没公務殉難之英霊」―。先代の遺志を継ぎ、同寺では盆時期に限らず毎朝、戦没者への祈りを欠かさない。

 岡住職は「戦争の犠牲者は戦没者だけではなく、家族や知人など関わる者すべてにつらいを思いを与える。何が悪い良いでもなく、戦争という歴史から平和の尊さを見い出さなければ」と強調し、「戦没者の供養も含め、朝のお勤めでいつも考えるのは、自分が生きているのではなく、生かされているということ。先人への感謝の思いは尽きない」と語る。

提供 - 函館新聞社


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