目指せ一流料理人 「川魚料理 鯉之助」修行中の木村隆弘さん
update 2011/7/31 10:41
頑張れ未来の巨匠―。和食料理の奥深さに魅せられ「伝統の担い手になりたい」と日々、調理場で修業する青年がいる。函館市本町32の「川魚料理 鯉之助」(中里拓二社長)で昨年7月から見習いの木村隆弘さん(20)。修業が厳しい料理人世界にあえて飛び込み「この道を選んで良かったと思える未来の自分のためにも、今を力いっぱい生きたい」と、今日も下準備を全力でこなしている。
木村さんは幼少から料理が好きで、昨春卒業した函館短大付設調理師専門学校(柏木町)では西洋料理を専攻したが「かっこよさでは西洋料理だけど、やっぱり和食がいい」と固い決意で老舗店の門をたたいた。
地元で人気の同店は、中里社長(61)の父親で10年前に他界した鉄之助さん(享年85)が、1953年に創業。「仕事への妥協を一切許さない。料理はもちろん、接客から店内の雰囲気づくりなどすべてに心を込めなければ」と中里社長は先代の教えを忠実に守り、木村さんへの指導も徹底している。
うなぎ稚魚の不漁で国産の価格が跳ね上がり、業界は厳しい状況だが、木村さんの情熱は揺るがない。「土用丑の日」の21日は、かば焼きづくりで多忙を極め、与えられた仕事を懸命にこなした。
中里社長は「彼は粘り強くてスタミナもある」と評価し、「修業始めは同じ仕事の繰り返しで辛抱のとき。調理場に立つほかに、お客さんへの礼儀や交流、何でも大事な勉強と思ってほしい」と激励する。
8月2日の「土用二の丑」を前に忙しさは増すが、木村さんは「どこまで自分ができるか分からないが、限界を設けず、挑戦し続けたい」ときっぱり。
中里社長も「どれだけ経験を積んでも毎日が修業という心構えが大事。かば焼きは割きに5〜6年、串打ち3〜4年、焼きは一生だからね」と笑う。
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