日魯創業者・堤、平塚さん親族来函

update 2010/10/13 11:36


 東京在往で、日魯漁業創業者の堤清六氏の孫、澤田正子さん(80)や、同じく創業者の平塚常次郎氏の親族が12日、函館市を訪れ、市内上湯川町の高穂神社(澤口廣宮司)の社務所などを巡った。同社務所は、平塚氏の養女・千鶴子さん(96)=東京在往=が住んでいた旧家を解体した木材を利用し、昨年10月、ほぼ正確に移設復元したもので、澤田さんらは「子どものころの記憶がよみがえった。このように利用していただき、うれしい限り」と喜んでいた。

 平塚氏の妹の孫で、ニチロ会(日魯のOB会)の加藤清郎会長(76)=函館在往=が今年1月、東京で開かれた堤、平塚家親族の集まりで同社務所を紹介したところ、十数人から「ぜひ見てみたい」と反響があり、訪問が決定。高齢で移動が厳しいなどの事情で、澤田さんら6人が来函した。14日まで称名寺(船見町)にある堤氏の碑など、日魯漁業ゆかりの地に足を運ぶ。

 澤口宮司によると、千鶴子さんが住んでいた建物は、150年以上前に松前町で建てられた武家とみられ、後に同町内の漁師が使用、1919(大正8)年に堤氏が購入し、函館市湯川町に移築。千鶴子さんが東京へ行き、住人が居なくなり、2004年に取り壊されていた。社務所は昨年、同神社の創建30周年を記念して作られた。

 この日は、函館在往の親族も顔をそろえ、計10人が集まった。澤口宮司(59)は「神道の理念はよみがえることにあり、社務所建設時には旧家などの再現を望んでいた。宮大工から平塚さんの家を紹介され、本当にありがたかった」と話し、現在の建物を説明。澤田さんは戦後のころまで、夏休みを利用して訪れ、今回は約65年ぶりに懐かしい建物に再会したという。「さまざまな縁があり、神社の社務所に生まれ変わり良かった。大広間で絵や習字のけいこに励んでいたことや、2階から見ていた庭のツツジはとてもきれいだった」と笑顔を見せていた。

 澤口宮司は澤田さんに、「大切に保存、活用し、後世に伝えていきます」と話していた。

提供 - 函館新聞社


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