市中央図書館で「永寧寺記碑」の拓本発見
update 2007/10/28 10:49
函館市中央図書館(中山公子館長、五稜郭町)でこのほど、中国の明王朝がモンゴル帝国を支配する拠点として15世紀初頭に建設した役所「奴児干(ヌルガン)都司」の建立経緯などが記され、北東アジア史の研究史料として貴重な「永寧寺記碑(石碑)」の拓本(文字・文様を紙に写し取ったもの)が発見された。京都大にある同碑の拓本(1930年採拓)より採拓時期が古いと推測され、史料価値は極めて高い。27日には市立函館博物館の長谷部一弘館長が、函館市産学官交流プラザで開かれた研究フォーラムで報告、拓本が一般に初公開された。 (新目七恵)
今回見つかったのは1413年に作られた碑の拓本。この石碑とは別に、1433年に作られた碑の拓本も2000年秋に同博物館で発見されている。
長谷部館長によると、今年5月、同図書館から連絡を受け、桐箱に収められた拓本を見つけた。縦約120センチ、横約50センチの和紙に薄墨のような色で碑文が写されており、掛け軸として保存されていた。10月に同博物館へ移管された。
本体の表面には「函館図書館蔵品寄贈大正13年2・1・受入」「同大正14年3・28」の印字があり、1924、25年以前に採拓されたことがうかがえる。同博物館で発見された拓本にも同様の印字があることから、同時期に函館図書館に持ち込まれ、何らかの経緯で保存場所が分かれたと考えられるという。採拓者や正確な寄贈日などは不明。
長谷部館長は「函館市内に(もう片方の拓本も)あると思っていたが、見つけた時は驚いた」と振り返り、「貴重な第一級史料なので、図書館と共同で寄贈経緯などを追跡調査したい」と話した。
報告後、2つの拓本がフォーラム参加者約30人に披露され、判読しようと試みる人などの姿が見られた。
永寧寺遺跡などの現地調査に当たり、北東アジア史を研究する中村和之函館工業高等専門学校教授は「これまでの永寧寺記碑拓本では判読できない箇所があるので、一字でも二字でも読めれば研究は進む」と期待を寄せていた。
ヌルガンのメモ
永寧寺 1413年、明王朝が奴児干都司に併設して建設した仏教寺院。建造を記念して同年、由来や統治理念を刻んだ石碑を建てた。その後、現地住民に破壊され、1433年に再建された時も同様の石碑が建てられた。1995年、永寧寺遺跡がロシア・アムール川下流のティル村で発掘され、現在も現地調査は続いているが、奴児干都司の建物跡は見つかっていない。2つの石碑はロシアの沿海地方国立アルセニエフ記念博物館に収蔵されているが、文字が判読できない個所があるため、拓本が貴重とされている。
提供 - 函館新聞社
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