旧幕府軍兵士しのぶ…碧血碑慰霊祭
update 2010/6/26 10:19
箱館戦争で戦死した旧幕府軍兵士の霊を慰める「碧血碑(へっけつひ)慰霊祭」(箱館碧血会主催)が25日、函館市谷地頭町の碧血碑前で行われた。同会会員や市民ら約80人が参列。碑前に手を合わせ、祭られている約800人の兵士を追悼した。
碧血碑は箱館戦争終結から5年後の、1874(明治7)年に建立。この日は旧暦の5月16日で、旧幕府軍の運命が決した千代岡陣屋陥落の日にあたる。1941(昭和16)年の同会(柳川昭祈治会長)の会合で法要日と決めた。慰霊祭は今年で142回目。
同市船見町の実行寺の住職らが読経する中、会員、一般の順に焼香。この日は歩兵頭として活躍した伊庭八郎の弟、武司のひ孫で千葉県浦安市の金田秀昭さん(65)が3年ぶりに参列し、碑に手を合わせた。
終了後、同会の柳川厚史副会長(42)は「兵士たちを祭るとき、大勢の人が手伝ってくれたと思うが、毎年市民が弔う気持ちを持って参列してくれることにも感謝したい」と話していた。
金田さんは、慰霊祭に先立ち、南北海道史研究会会員の近江幸雄さん(73)の案内で、五稜郭タワーや五稜郭公園を訪れた。タワー展望台では晴れ渡る市内を見て「五稜郭は良い場所にあり、死角をなくすためにされた星形が美しく見える」と話した。同公園管理事務所近くにある、伊庭八郎が埋葬されたとされる場所でも手を合わせた。間もなく完成する箱館奉行所庁舎を見て、「八郎も奉行所で評議などしたと思う。次の来函時はぜひ訪れたい」と話していた。
提供 - 函館新聞社
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